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秋の訪れ知らせる「白露」の神秘 ラピュタを彷彿させる絶景も

川中島の戦いでは、霧が晴れた直後に激戦が始まった

 長野市の秋の放射霧に絡んだ歴史的なエピソードとして名高いのが、 1561 年(元禄4年)にあった、甲斐の武田信玄と越後の上杉謙信の最大の激戦、第4次「川中島の戦い」だ。9月10日の出来事だが、これは旧暦であり、現在の暦で言えば10月28日にあたる。武田側が残した軍学書『甲陽軍鑑』によれば、戦いの経緯は以下の通り。

 信玄は、夜明けとともに妻女山に構える謙信の越後軍を別動隊で急襲し、彼らが山を下りて川中島の平地まで逃げたところを本隊が迎撃する構想を立てた。ところが、謙信はこの企みを察知し、機転を利かせて川中島に向かうと、ちょうど濃霧が発生しており、双方とも相手の軍勢を察知できなかった。そして、日が昇って霧が晴れた時、至近距離の相手を発見し激戦になった──。

 西日本にも、兵庫県から中国地方にかけての山間部では、秋の放射霧の名所と言われる場所がある。広島県北部の三次盆地は標高300m以上の山々に囲まれており、10月後半ともなると盆地を覆うほどの霧が発生する。さらに近年話題になっているものに、兵庫県朝来市にある竹田城跡の放射霧がある。秋から冬にかけての早朝、低地で大規模な霧が発生し、城郭が空の上に浮かんでいるかのような絶景となる。その在り様は、さながら宮崎駿監督の映画『天空の城ラピュタ』に出て来そうと言われるほどの人気を博している。

 今年はコロナの影響で遠出する機会が減った人も多いだろうが、気象現象がもたらす幻想的な自然や歴史に思いを馳せ、コロナ収束後の旅行を心に描いてはいかがだろうか。

【プロフィール】たんげ・やすし/気象予報士。日本気象予報士会東京支部長。著書に『気候で読む日本史』(日経ビジネス人文庫)、『気候文明史』(日本経済新聞出版)、他。

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