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ベーシックインカムの致命的欠陥 解決不能な「誰に支給するのか」問題

 だがそんなローリーですら、「移民にもUBIを支給するのか」との問いにはひるまざるを得なかった。

 経済学者のジョージ・ボージャスは、移民がより恵まれた給付制度のある国に集まってくる「福祉磁石(ウェルフェア・マグネット)」について論じ、保守派から多くの賛同を得た。だが夫婦でノーベル経済学賞を受賞した開発経済学者のアビジット・バナジーとエステル・デュフロによれば、実際には、移民は現地の失業率を上げることなく地域経済を活性化し、福祉の給付額より多くの税金を納めている(*)。

【*参考:アビジット・V・バナジー、エステル・デュフロ『絶望を希望に変える経済学 社会の重大問題をどう解決するか』日本経済新聞出版】

 これは心強い事実だが、しかし、気前のいいUBIを実施しても「福祉磁石」を避けられるかどうかは、当然のことながらどこもやったことがない以上、知りようがない。

 アメリカはきわめて「多様性」に富む社会で、市民権をもつ「国民」のほかに、グリーンカードを所持する永住者、就業ビザで働く合法的な移民、ビザなしで就業する不法移民などが混在している。国籍は出生地主義なので、両親が不法移民でもアメリカ国内で出生した子どもは無条件に市民権が付与される。

 こうした状況でUBIを実施したら、いったいどうなるだろう。「反移民感情が深まり、反移民的な制限や政策の施行に拍車をかけるのではないか」とローリーは懸念する。「また、二重労働市場の創出を促し、企業が自国生まれの市民よりもはるかに安く雇える人材として不法労働者を求めるようになるかもしれない。あるいは人的な流入のない国家になって、経済が硬直化し新鮮さを失っていくかもしれない。UBIが卑劣な人種差別の助長につながることがあるかもしれない」

 この問題はどのように解決できるのか。これについてローリーは、一行、こう書くだけだ。答えは簡単には出ない。進歩主義者にとっては特に直視しづらい問いである。

「日本人」はいくらでも増やせる

 ベーシックインカムをめぐる議論では、移民や外国籍の居住者(彼らも国内で働いていれば所得税・住民税、社会保障費などを納めている)の受給資格をどう考えるかですらほとんど論じられない。UBI推進論者がこの話を避けたがるのは、いったん問題提起すれば議論百出のやっかいな事態になるとわかっているからだろう。

 だが現実には、UBI受給者を国民に限定したとしても大きな混乱が予想される。それは、「日本人」の家族をいくらでも増やせるからだ。

 この話は前著『上級国民/下級国民』(小学館新書)でも書いたが、現在の日本の法律では、日本人の親から生まれた子どもは無条件に「日本人」と認められる。日本人の男/女が海外で婚姻した場合は、妻/夫は帰化の手続きをとらなければ「日本人」になれないが、子どもは出生届を現地の大使館・領事館に提出するだけで日本国籍が付与される。

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