日本人の給料が上がらないのは「上昇志向」が足りないからか(イラスト/井川泰年)
2025年の春闘賃上げ率は昨年同様、高水準を維持した。一方、中小企業に目を向けると、大企業ほどのベースアップはまだ難しいという声も聞こえてくる。「大企業の収奪的なシステムに問題がある」との指摘もあるが、経営コンサルタントの大前研一氏は、それは「筋が違う」と断じる。いま給料が安いと嘆いている人に向けて、大前氏が提言する。
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このところ、日本人の給料が安いのは日本企業、とくに大企業の収奪的なシステムに問題があるとの言説が散見される。労働生産性は上がっているのに賃金は上がっていないという指摘である。
しかし、この議論は「木を見て森を見ず」だ。労働生産性は企業の従業員1人あたりの付加価値であり、国内で生み出されたモノやサービスの付加価値の総額がGDP(国内総生産)だが、日本の1人あたり名目GDP(USドル換算)は1990年代からほぼ横ばいだ。つまり、国民全体の労働生産性は上がっていないわけで、それゆえ賃金も上がらないのである。
実際、日本生産性本部によると、2023年の日本の時間当たり労働生産性は56.8ドル(5379円)でOECD(経済協力開発機構)加盟38か国中29位、1人あたり労働生産性は9万2663ドル(877万円)で同32位でしかない。労働生産性が低いままだから、G7(主要先進7か国)の名目賃金は日本の“1人負け”だ。1991~2020年の30年間に欧米6か国は2~3倍になっているのに、日本は1割ほどしか伸びていないのである。
たしかに、昨年度の「労働分配率(企業が生み出した付加価値に占める人件費の割合)」は大企業が34.7%、中小企業が66.2%だった。大企業は内部留保も莫大で賃上げ余力があるのに、それをAI(人工知能)やDX(デジタルトランスフォーメーション)などで活用して労働生産性を向上できていない経営陣の怠慢・無策は問題だろう。
だが、それをもって収奪的と批判し、賃上げして利益を吐き出せ、下請け・外注に還元せよなどと言うのは筋が違う。
2025年春闘の平均賃上げ率は5.46%で、1991年以来34年ぶりの高水準になったが、それは政府が企業に「賃上げしろ」と号令をかけたからである。しかし、政府が賃上げ圧力をかけるというのは全体主義社会だ。資本主義社会では、賃上げをするかどうかは各企業が自由に判断すればよいのである。
一方、従業員が給料に不満であれば、自分の能力を高く買ってくれる他の企業に転職すればよい。
たとえば、ファクトリー・オートメーション(FA)総合メーカーのキーエンスは業績も収益も伸び続け、平均年収は2067万円(平均年齢35.2歳/2024年3月期)。上場企業の中でもトップクラスの高給だ。他の国なら誰も彼もが、こぞってキーエンスに応募するだろう。
私はキーエンスが高業績・高収益を持続している理由を20年余り研究しているが、その結果わかったのは「当たり前のことを徹底している」ということだ。
たとえば、上司は個々の営業マンに明日はどの顧客を回るのかを聞き、そこで提案する内容を演習させる。そして当日帰社すると、顧客の反応について詳細な報告を受けて助言する。だからキーエンスは誰でも努力すれば売り上げが伸び、必然的に給料も高くなるのだ。
そこまで執念深い営業活動をしている会社を、私は寡聞にして知らない。なぜ他の企業はキーエンスに学ばないのか、なぜ今の会社の給料が安いと思っている人たちがキーエンスに転職しないのか、不思議である。