いじめの「世代間連鎖」をどう食い止めるか
会社員時代、先輩からのいじめやハラスメントに悩んでいた人が、翌年以降、別の誰かに対して加害者になっている例を何度も見た。被害者が加害者になる。やられた側が、今度はやる側に回る。「自分も耐えたのだから、お前も耐えろ」という論理である。痛みが継承される。屈辱が再生産される。これが、いじめの世代間連鎖である。
テレビ、さらには芸能界もそうだ。自分が理不尽だと感じたことが複製されていく。実はそれは番組を支えるスタッフもそうだと、先日、関係者から告白された。パワハラに耐え抜いた人たちが活躍するという問題が根強く存在する。
だからこそ必要なのは、「自分たちの代でやめにする」という発想である。昭和の職場、平成の職場、芸能界、体育会、学校……。どこにでも、「昔はこれくらい当たり前だった」という言葉がある。しかし、その「当たり前」によって、どれだけの人が壊れてきたのか。どれだけの才能が潰され、どれだけの人が職場を去り、どれだけの人が沈黙してきたのか。
「仕事」「指導」「教育」「愛情」「伝統」「ノリ」という言葉に惑わされてはいけない。人を追い詰め、尊厳を奪い、自由にものを言えなくするものは、どんなに美しい言葉で包まれていても、いじめである。なぜ周囲は止めなかったのか。なぜ組織は放置したのか。なぜそれが「指導」や「笑い」として通用してきたのか。そこまで問わなければ、大人のいじめはなくならない。
「かわいがり」という言葉で、人を壊してはいけない。「いじり」という言葉で、尊厳を奪ってはいけない。「伝統」という言葉で、暴力を延命させてはいけない。
強い組織とは、痛みに耐えた人間が、次の誰かに同じ痛みを与える場所ではない。痛みの連鎖を、自分たちの代で断ち切る場所である。いじめはもちろん、かわいがりの時代は、もう終わりにしよう。
【プロフィール】
常見陽平(つねみ・ようへい)/1974年生まれ、北海道札幌市出身。1997年3月、一橋大学商学部卒業後、株式会社リクルート、株式会社バンダイ等を経て、2012年4月に一橋大学大学院社会学研究科修士課程に入学。修了後、2015年4月に千葉商科大学国際教養学部専任講師に就任、2020年4月准教授、2025年基盤教育機構准教授、2026年教授となり現在に至る。大学で教鞭を執る傍ら評論家として活動し、40冊以上の書籍を発表。雇用・労働に関連した政府の委員を歴任。主な著書に『日本の就活』(岩波新書)、『なぜ、残業はなくならないのか』(祥伝社新書)、『僕たちはガンダムのジムである』(日本経済新聞出版)、『50代上等!──理不尽なことは「週刊少年ジャンプ」から学んだ』(平凡社新書)など。