インセンティブ制度がもたらす営業現場のスピード重視
さらに、この経済的メリットのズレを強める要因となるのが、多くの不動産会社が採用している営業担当者向けのインセンティブ制度です。不動産会社の営業現場では、担当者の給与が固定給だけで完結するのではなく、売上額や契約件数に応じたインセンティブを前提に設計されていることが少なくありません。会社によって制度の差はありますが、営業担当者にとって「契約を決めること」が自身の収入に直結しやすい構造であることは確かです。
そのため、営業担当者は「今月いくつ契約をまとめるか」「どれだけ早く数字を確定させるか」という圧力のなかで働いています。結果として、営業現場ではスピードが重視される傾向が強まりやすくなります。
「売るためには値下げが必要です」
「ここで決めるのが現実的です」
「この買主を逃さないほうがいい」
「相場的には十分です」
こうした提案が営業担当者から出てくる背景には、売主のためを思った判断だけでなく、営業現場に存在する時間的・経済的な制約も影響している場合があります。価格交渉を粘って数カ月先に高く売れる可能性を追うより、多少条件を調整してでも早期に成約したほうが、不動産会社にとっても営業担当者にとっても合理的な場合がある。
そう考えると、できるだけ多くの物件を預かり、標準ルートにのせて回転させる流れが重視されやすい理由も見えてきます。つまり、仲介手数料とインセンティブの仕組みは、不動産会社側の成約効率や回転率を重視する方向に働きやすいのです。こうした構造を理解せずに売却を進めると、売主は不動産会社からの提案をそのまま受け入れるしかなくなります。
だからこそ売主は、「なぜ今この価格なのか」「なぜ今この買主なのか」「なぜ価格を下げる必要があるのか」を、自分自身でも確認する必要があるのです。
※石黒雅規著・『都心の高級マンションを最高値で売却する技術』(クロスメディア・パブリッシング)より一部抜粋して再構成
(都心の高級マンションの賢い「買い方・売り方」・第1回から読む)
【プロフィール】石黒雅規(いしぐろ・まさのり)/株式会社I-House代表取締役。慶應義塾大学経済学部卒業後、American Universityで経済学修士課程、Columbia Universityで統計学修士課程を修了。学生時代、ワシントンD.C.での日本大使館経済班インターンを経て、JPモルガン証券で投資銀行業務等に従事。30代は代表取締役として中小企業の経営に携わる。2016年に株式会社I-Houseを設立し、代表取締役に就任。事業提携の解消により売上の大半を失う危機を乗り越え、2020年10月に不動産業界へ参入。都心の高級中古マンションに特化したメディア「mitaina」を立ち上げ、運営を開始。2026年10月現在、同メディアの月間利用者数は約15万人、SNSの合計フォロワー数は15万人超。
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