大前研一 「ビジネス新大陸」の歩き方

プーチンの暴走を止められないバイデン氏 背景にある「ウクライナ疑惑」とは?

 ところが、2019年に就任したゼレンスキー大統領は「ミンスク合意」を履行しなかった。しかも、支持率が当初の80%から30%に急落したため、挽回策としてEU(欧州連合)や米欧の軍事同盟NATO(北大西洋条約機構)への加盟を画策した。その結果、プーチン大統領の堪忍袋の緒が切れたのである。

 むろん、どんな理由であれ、軍事侵攻を強行したプーチン大統領の暴挙は絶対に許されない。しかし、そのトリガーを引いたのはゼレンスキー大統領なのだ。つまり“ロシア脳”からすると、反露・親米欧のゼレンスキー大統領を追放して「ミンスク合意」を履行する政権に交代させなければ、ドンバス地域のロシア系住民、ひいてはロシア本国の安全保障も危うくなる、という危機感から侵攻に踏み切ったのである。

 それに対し、ゼレンスキー大統領は徹底抗戦を宣言。先頭に立って国民を鼓舞する勇姿が連日報じられ、支持率も90%に急回復した。

 しかし、その後被害が拡大したため、ゼレンスキー大統領はNATO加盟を断念する考えを示唆し、ロシアが要求する「中立化」に歩み寄る姿勢も見せている。

 だが、ここまで多大な犠牲者や避難民を出し、国土が破壊されてから、和平策を探るのは遅きに失したと言わざるを得ない。本来ならロシア軍がウクライナ国境に集結した時点で、あらゆる手立てを尽くして戦争を回避すべきだったと思う。元コメディ俳優だけあってパフォーマンスには長けているが、支持率頼みで大局が見えず、根本的な判断を誤ってしまったのだろう。

“脛に傷”持つバイデンの悪手

 一方、プーチン大統領を「人殺しの独裁者」などとこれまでの経緯を棚に上げて非難しているのが、アメリカのバイデン大統領だ。しかし、そもそもバイデン氏は「ウクライナ疑惑」で脛に傷持つ身であり、ウクライナ問題で冷静な判断ができない政治家の筆頭であることを忘れてはならない。

「ウクライナ疑惑」とは、バイデン氏がオバマ政権の副大統領だった当時、次男のハンター氏がウクライナのエネルギー企業の取締役に就任して高額の報酬を受け取り、その見返りに父親(バイデン氏)の政治力を使って、同企業の不正疑惑を捜査していた検事総長を解任させたというものだ。

 2020年の米大統領選挙に先立ち、当時のトランプ大統領がこの疑惑を調査するようゼレンスキー大統領に要請したことが発覚して大問題となったが、結局、疑惑は解消されないまま今日に至っている。その“借り”があるウクライナに一貫して肩入れしてきたのがバイデン大統領なのである。

 ところが、バイデン大統領は2021年12月に「ウクライナで戦いが起きても、米軍は派遣しない」と表明した。このあまりにも拙速かつ弱腰な姿勢を見たプーチン大統領は、ウクライナに侵攻してもアメリカ(=NATO)は軍事介入しないと確信したに違いない。

【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『日本の論点2022~23』(プレジデント社)。ほかに小学館新書『稼ぎ続ける力 「定年消滅」時代の新しい仕事論』等、著書多数。

※週刊ポスト2022年4月8・15日号

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