大前研一 「ビジネス新大陸」の歩き方

英スナク新首相就任でもインフレ継続の苦境 2023年には「イギリス崩壊」の危機も

イギリス連合王国が崩壊して「イングランド・アローン」になる可能性も(イラスト/井川泰年)

イギリス連合王国が崩壊して「イングランド・アローン」になる可能性も(イラスト/井川泰年)

 イギリス経済が崖っぷちに立っている。同国の中央銀行・イングランド銀行は統計開始以降最長のリセッション(景気後退)に直面していると指摘。さらに、“経済は非常に困難な2年間”に見舞われる可能性があると警告した。市場の混乱を招いて退陣に追い込まれたリズ・トラス前首相に続き、10月に就任したばかりのリシ・スナク首相の手腕が問われることになるが、目下のイギリスは日本以上の物価高騰に苦しめられている。「イギリスのインフレ要因はブレグジットであり、インフレ以外にも大きな影響を及ぼす」と指摘する経営コンサルタントの大前研一氏が、分析する。

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 イギリスがEUに加盟していた時は、他のEU諸国から最も安くて良いものが無関税で速やかにドーバー海峡を渡って入ってきていた。しかし、ブレグジットによってEUの全商品に関税がかかるようになり、その手続きで物流の停滞も日常化した。しかも、EUに半世紀近く加盟していたから、もはや農産物・水産物だけでなく機械や部品などの工業製品も自給自足が不可能になり、輸入に頼らざるを得なくなっている。

 また、ブレグジット後の移民・難民規制で国外からの人流が滞って人手不足が加速し、失業率が3%台に下がって賃金が上昇している。ボリス・ジョンソン元首相は「移民・難民がイギリス人の職を奪っている」と主張してブレグジットを煽ったが、それを裏付ける数字的な証拠はない。むしろ、移民・難民がサービス業や清掃業など敬遠されがちな仕事を低賃金でやっていたから、イギリス経済が回っていたのである。

 さらに、EU内は人の移動が自由だから、ブレグジット以前は医師、弁護士、会計士、研究者などの知的ワーカーが東欧諸国などから大挙してイギリスに入ってきていた。「英語圏で住みやすい」というのが、その理由だった。しかし、それも今は止まってしまった。

 こうしたブレグジットに伴うモノとヒトの構造的な問題が、ボディブローとなってイギリス経済にダメージを与えているのだ。したがって、ブレグジットを見直さない限り、イギリスのインフレは続くと思う。

 EUの仕組みは、いわば「広域平均化=世界最適化装置」である。関税がなく、人の移動も自由なEU域内は完全なボーダレスワールドだ。どこの国でも保守層は「伝統を守れ」「国内産業を守れ」「雇用を守れ」と言うが、いまやグローバル化は不可避であり、イギリスのように国境を復活させると国民がインフレに喘ぐことになる。一度グローバル化・世界最適化したら、後戻りは苦難の道なのだ。

 スナク首相は「私が率いる政府は次世代に負債を残さない」と強調し、財政規律を重んじる姿勢を明確にしている。だが、もともとイングランド銀行(イギリスの中央銀行)は、日本銀行と違って財政規律を重視している。財務相を務めたスナク首相は経済に明るいというが、その手腕は未知数だ。そもそも財政規律を重視したところで、私が指摘したブレグジットによる根本的な問題は解決しないし、その因果関係をスナク首相が理解しているとも思えない。

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