大前研一 「ビジネス新大陸」の歩き方

中国・習近平主席が抱える完全独裁のジレンマ 有効な打ち手は共産党の自己否定につながり身動きが取れない

経済も内政も外交も迷走

 いまや最高指導部「チャイナセブン」(中央政治局常務委員7人)は全員が習近平の過去の赴任地で配下だった李強首相ら子飼いの“身内”で固められ、かつての周恩来首相や朱鎔基首相のような良識がある思慮深い側近は見当たらない。

 もし私が習近平だったら、李克強をはじめとする共青団を残して集団指導体制の体裁を取っただろう。そうすれば、自分の政策に効果がなかったら別の意見を採り入れて軌道修正できるし、失策が明らかになっても責任の所在を曖昧にできるからだ。しかし“完全独裁”の場合、失敗したらトップは言い逃れができない。

 そもそもトウ小平が集団指導体制を敷いたのは、毛沢東独裁への反省からだとされる。トウ小平も実質的には独裁だったが、表向きは集団指導体制に見せかけていた。密室政治を象徴する北戴河会議を復活させたのもトウ小平であり、そうやって集団指導体制を“隠れ蓑”にするのが共産党独裁を維持する要諦のはずだった。

 だが、習近平にとってトウ小平は、父・習忠勲を文化大革命期に失脚させた恨み深い相手なので、トウ小平の“置き土産”を全廃しようとしているのかもしれない。

 しかし、習近平の政策は内向き・下向き・後ろ向きで逆効果なものばかりだから、中国は経済も内政も外交もことごとく迷走している。たとえば香港で「一国二制度」(高度な自治を50年間維持するという約束)を反故にしたため、もはや台湾市民は一国二制度による平和的な融和というオプションを信じなくなった。習近平の出方次第では平和裡に「中台統一」を実現できる可能性もあったのに、自らその手を封じたわけだ。

 私は、失策続きの習近平独裁体制がこのまま続くとは思えない。BAT(バイドゥ、アリババ、テンセント)をはじめ世界的にも有望な企業が自由に発展すれば、経済が好転して現下の問題も解決に向かうだろうが、それはティックトックなどのSNSの解放につながり、共産党独裁に対する不満の声が渦巻くことになる。

 つまり、有効な打ち手は共産党の自己否定につながる可能性が高いため、身動きがとれない。したがって、習近平は遠からず、さらに馬脚を露わして「高転びに、あおのけに転ぶ」だろう。

【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。ビジネス・ブレークスルー(BBT)を創業し、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『世界の潮流2023~24』(プレジデント社刊)など著書多数。

※週刊ポスト2023年9月15・22日号

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