絶大な広告効果を誇る大谷翔平選手(時事通信フォト)
メジャーリーグのポストシーズンで世界一の座をかけて熾烈な戦いを続けている、ロサンゼルス・ドジャースの大谷翔平選手。その圧倒的な人気から広告宣伝効果も抜群で、ファミリーマートは大谷翔平を「おむすびアンバサダー」に起用して大きな成果をあげた。こうした“セレブ広告”は企業業績にどのような効果をもたらすのか。また、そこに死角はないのか。イトモス研究所所長・小倉健一氏が、海外の研究事例をひもときながら解き明かす。
* * *
2025年3月、コンビニの棚からおむすびが猛烈な勢いで消えていった。ファミリーマートが仕掛けた「おむすび二刀流」キャンペーンは、開始わずか3週間で900万個という数字を叩き出し、10月8日に発表された同社の2025年上期の事業利益を過去最高の617億円へと押し上げた。その中心には、言うまでもなく、大谷翔平がいた。
この熱狂は、20年以上前にゴルフ界の帝王タイガー・ウッズがナイキを復活させた神話を彷彿とさせる。一人のアスリートが、巨大企業の運命を左右する。歴史は繰り返すかのようだ。しかし、この現象を単なる「スターパワーの再来」と見るならば、その本質を見誤るだろう。ファミリーマートの成功は、大谷翔平という現代の「神話」を消費しながらも、その神話に決して飲み込まれなかった、極めて冷静な戦略の勝利である。
このキャンペーンが本当に巧みだったのは、「大谷翔平選手というキラキラしたイメージ」と、「おむすびという食べ物そのもの」を、はっきりと分けて考えた点にある。広告ポスターの中心に大きく写っているのは、スターの笑顔ではない。ごはん一粒一粒が輝く、おむすびの美味しそうな断面だ。大谷選手は、例えるなら、「このおむすびは本当にすごいんです」と証言してくれる、世界で最も信頼できる証人のような役割に徹しているのだ。
強力な「記号」が「実体」を覆い隠すケースも
これは、多くの企業が陥りがちな、ある致命的な過ちに対する、見事なカウンターパンチと言える。その過ちとは、有名人の人気という強力なイメージが、商品の存在感を完全に消してしまう現象である。
例えば、牛丼チェーンの吉野家がタレントの藤田ニコルを起用したCMについての個人的な体験を話したい。とはいえ、ごく個人的な経験とはいえ、SNS上でも同様に感じた人がいたようだ。
私の記憶に残ったのは、「藤田ニコルが牛丼屋のCMに出ている」という事実だけであったことだ。私は「藤田ニコルが宣伝しているのはすき家だっけ?」と勘違いしてしまった訳だ。これは、私の中で、藤田ニコルという強力な「記号」が、吉野家の牛丼という「実体」を覆い隠してしまった典型例である。
これでは、企業は高いお金を払って、タレントのイメージビデオを制作し、世に流しているのと何ら変わらない。商品という主役が、ゲストであるはずの有名人に完全に食われてしまっているのだ。もしかすると、このCMはアルバイトの人材募集には多少役立ったのかもしれない。しかし、本来の目的であるはずの「牛丼を売る」という点において、その効果は極めて疑わしいと言わざるを得ない。