タイガー・ウッズを起用したナイキの苦難
しかし、セレブという劇薬は、強力な副作用を伴う。そのリスクの深刻さは、タイガー・ウッズの広告起用事例を分析した研究『セレブリティ・エンドースメントの経済的価値:タイガー・ウッズがナイキゴルフボールの売上に与えた影響』(ケビン・Yc・チャン他、2013年)が冷徹に描き出している。
「タイガー・ウッズのスキャンダルが発覚した後、ナイキはその後の6ヶ月間で約150万ドルの利益を失ったと推定される。しかし、シミュレーションによれば、もしナイキがスキャンダル後にウッズとの契約を打ち切っていた場合、逆に約270万ドルもの利益を失っていたことが示された。これは、スキャンダルによるネガティブな影響があったとしても、タイガー・ウッズという存在が持つ販売へのプラス効果の方が依然として大きかったことを意味している」
この分析が突きつけるのは、現代の資本主義における深刻なジレンマだ。たとえセレブが社会的な非難を浴びるような不祥事を起こしたとしても、企業にとっては、その人物を使い続けることが「経済的に合理的」であるという倒錯した現実も存在するのだ。スキャンダルが起こるとすぐにCMを取りやめることが日本では慣習となっているが、データからは企業や広告代理店ももう少し冷静になった方が良いかもしれない。
大谷翔平とおむすびの物語は、今のところ幸福な結末を迎えている。しかし、その背後には、常に破綻の可能性が潜んでいる。我々消費者は、スターの輝きに熱狂しながら、その光がブランドの実体を照らしているのか、それとも覆い隠しているのかを、冷静に見極める必要がある。ファミマのおにぎりが美味しいかどうかは、大谷翔平と関係がないのだ。
そして企業は、セレブという不安定な神話に依存するのではなく、自らの手でブランドという揺るぎない実体を築き上げるという、地道で困難な道をどう歩むかがこれから問われている。ファミマも、王者セブンに挑むならその覚悟が必要だ。
【プロフィール】
小倉健一(おぐら・けんいち)/イトモス研究所所長。1979年生まれ。京都大学経済学部卒業。国会議員秘書を経てプレジデント社へ入社、プレジデント編集部配属。経済誌としては当時最年少でプレジデント編集長就任(2020年1月)。2021年7月に独立して現職。