山手線環状運転が変えた都市交通網（イラスト／井川泰年）
2025年は「山手線の環状運転」開始から100周年となる。経営コンサルタントの大前研一氏は、「環状運転の山手線ほど、都市計画の観点からうまくできている鉄道交通は見たことがない」と指摘する。山手線の誕生が東京の発展にどう影響したのか？ 新著『RTOCS 他人の立場に立つ発想術』が話題の大前氏が解説する。
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「昭和100年【※】」の今年は様々な100周年だった。たとえば、普通選挙法公布、ラジオ放送開始、日本相撲協会設立、小学館の学習雑誌『小学一年生』創刊などである。そして、JR山手線の環状運転も100周年を迎えた。
【※昭和100年／昭和元年（1926年）から数えて100年目にあたるのは2025年。ただし、昭和は1926年12月25日から始まったので、満100年となるのは2026年12月25日】
私は世界中の街を見てきたが、環状運転の山手線ほど、都市計画の観点からうまくできている鉄道交通は見たことがない。
ただし、もともと山手線は環状線として計画されたものではなく、東海道線と東北線を接続するための路線だった。鉄道史を紐解くと、1872年（明治5年）に官営で品川～横浜（現在の桜木町）間の列車運転が始まり、新橋駅ができて新橋～横浜間の東海道線が本開業。その一方で、東北方面への鉄道建設を進める私鉄の日本鉄道が1883年に上野～熊谷間の鉄道を敷設し、日本初の私鉄が営業を開始した。「汽笛一声新橋を はや我汽車は離れたり」（鉄道唱歌）である。
さらに日本鉄道は、江戸時代以来の人口密集地で用地買収に時間と費用がかかる東側ではなく、まず西の「郊外」だった目黒、渋谷、新宿、目白を通る品川～赤羽間の品川線を1885年に開業した。1903年には池袋～田端間の豊島線もつながり、これによって新橋～品川～新宿～池袋～田端～上野を往復する「Cの字運転」が開始された。
日本鉄道は1906年に国有化され、その後、有楽町駅、東京駅、神田駅が開業。最後まで残った人口密集地の新橋～上野間の用地買収問題を高架化で解決し、ついに1925年（大正14年）11月、日本初の環状鉄道・山手線が誕生したのである。「汽笛一声」から50年以上が経過していた。その間には数々の反対運動や難工事のハードルがあったが、それを乗り越えてよくぞ実現したものだと思う。
山手線が環状鉄道になった効果は絶大だ。新宿は山手線と中央線が交差してターミナル化し、目黒、渋谷、池袋などからも郊外に向かう私鉄が延伸していった。
「強盗慶太」の異名をとった東京急行電鉄の五島慶太、「ピストル堤」の異名をとった西武鉄道の堤康次郞、「鉄道王」と呼ばれた東武鉄道の根津嘉一郎らが次々と他の私鉄を買収して路線を拡大し、沿線に宅地や商業施設を開発・整備して、都心から50㎞圏内のエリアを通勤・通学圏にしたのである。それによって東京は人口が都内の郊外および隣接する神奈川県、埼玉県、千葉県に分散し、海外のような都心部にスラム街がない大都市になった。
2020年の国勢調査によると、昼間は東京に神奈川県から128万人、埼玉県から108万人、千葉県から84万人、合計320万人もの通勤・通学者が流入している。これほどダイナミックで便利な首都は世界でも稀である。
ロンドンは地下鉄が都心部の環状鉄道サークル線から郊外の各方面に延びているが、パリはかつて市内を運行していた環状鉄道プティト・サンチュール（小環状線）が廃止された。タイのバンコクやインドネシアのジャカルタに環状鉄道はなく、そのため道路が大渋滞している。東京首都圏は環状運転の山手線とそのターミナル駅から東西と北に延びる私鉄ができた結果、毎日320万人が大移動するようになったのである。
