「曖昧な人物像」に迫っていく
水谷氏は、カミンスカスがフィリピンへ逃亡していた当時、収容先だったビクータン収容所で直接取材を試みた数少ない人物である。ツテもないなか、たまたま教えてもらった別の日本人の名前を出して面会を申し込んだところ、許可が下りた。鉄柵の外でその日本人と話していると、白いTシャツに短パン姿のカミンスカス本人がふらりと現れたという。ところが取材を申し出ると「俺は取材は受けない」「写真を撮るな」と強い調子で拒絶され、最後は「入管の職員を呼ぶぞ」と脅されて撤退を余儀なくされた。
直接取材はかなわなかったが、水谷氏は収容者仲間から別の証言を聞き出している。カミンスカスは多額の現金を職員に渡し、エアコン付きの「VIPエリア」で生活していたとされるほか、外食を調達させたり、多くの女性との交友関係を持ったりしていたという。
一方、森氏が長野刑務所でカミンスカスと服役していた受刑者仲間から得た証言では、カミンスカスは「カミンさん」と呼ばれ、高齢受刑者の介護係を買って出るような「非常に丁寧で紳士的」な人物だったという。ところが同時に、「刑務所は虚構の世界だから、そこでは演じていればいい」と語っていたともいい、森氏は「いい人を演じていたのかもしれない」と分析する。
フィリピンで水谷氏が見た荒々しいカミンスカスと、森氏が手紙や周辺証言から浮かび上がらせたカミンスカス。その人物像は一つに定まらない。本書の面白さは森氏ならではの取材で、その曖昧な人物像に迫っている点にあると言える。