大前研一 「ビジネス新大陸」の歩き方

中国・習近平主席の統制強化策の行く末 不動産市場は“地獄の1丁目”に

中国の混乱は「塞翁が馬」?

 狭量な統制強化策は、まだまだある。9月には「データセキュリティ法」、11月には「個人情報保護法」が相次ぎ施行された。この規制強化によって事業の継続が困難と判断した米ヤフーは中国におけるサービス提供を中止し、ビジネス向けSNS(交流サイト)を運営する米リンクトインも中国版を年内に閉鎖すると発表した。今やすべての情報は中国政府が管理しているので、今後はIT関連以外の外国企業も事業環境が不透明になり、顧客管理などの対応コストが上昇するのは避けられないだろう。

 教育関連は失笑を禁じ得ない規制のオンパレードだ。大量の宿題と塾通いが子供と保護者の負担になっているとして、小中学生の宿題規制と学習塾の非営利化を打ち出したのに続き、来年1月1日には「家庭教育促進法」が施行される。同法は、子供の勉強や休息、遊び、運動などに保護者がきちんと目配りするよう求めている。これを受けて、18歳未満の未成年者に対するオンラインゲームの提供は金・土・日曜・祝日の午後8~9時の1時間に制限されることになった。

 これほど何から何まで重箱の隅をつつくように政府が規制するのは世界でも歴史的に例がないと思うが、すべてが場当たり的で支離滅裂である。

 そして、こうした習政権の統制強化で中国は国家による「監視社会」になった。私の中国の友人たちも昔は酔っ払うと政府批判を口にしたものだが、最近は電話をしてもそういう話は一切しなくなった。すべて政府に筒抜けという前提なので、常に盗聴や盗撮を警戒しているのだ。かつて天安門事件やその前夜に盛り上がった反政府運動は、もはや起こりようがない状況だ。

 とはいえ、国内は矛盾だらけである。とくに不動産市場は、これから日本の1990年代のように“地獄の1丁目(破滅に向かう一歩)”が始まるだろう。恒大集団などのほかにも多くの不動産企業が経営破綻の危機に瀕しているはずであり、それらを政府のコントロールによって軟着陸させられるかといえば、日本や欧米の例から見ても難しいと思う。

 それでも習近平独裁体制はますます強固になり、深化していくだろう。しかし、その一方で世界中からヒト・カネ・モノを吸い寄せて急成長してきた中国が国内問題で指導部に矛先が向かわないよう自ら成長にタガをはめてくれているわけで、これは日本やアメリカなどにとっては、ありがたいことである。もしかすると文化大革命のように大きな後退にもつながりかねないから、「人間万事塞翁が馬」ならぬ「国家万事塞翁が馬」となるかもしれない。

 いま習近平は国を挙げて“歴史的な実験”をやっているとも言える。さて、これからどうなるか? じっくり観察しようではないか。

【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊は『世界の潮流2021~22』(プレジデント社)。ほかに小学館新書『新・仕事力 「テレワーク時代」に差がつく働き方』等、著書多数。

※週刊ポスト2021年12月10日号

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