ビジネス・ブレークスルー(BBT)を創業し、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める大前研一氏
重要政策で討論してこそ「政党」
いま首相として日本の舵取りを任されたら、やるべき重要課題は2つある。「教育改革」と「移民政策」だ。
教育改革は本連載で何度も書いてきたように、現在の文部科学省による20世紀の工業化社会時代のままの旧態依然とした教育では、日本人は21世紀の「第4の波」=AI(人工知能)社会に耐えられない。
海外では教育のデジタル化が進み、カリキュラム(教育課程)も随時アップデートされているが、日本では文科省が約10年に一度しか改訂しない学習指導要領に基づいた教育が続いている。現行の学習指導要領は、小・中学校については2017年度、高校については2018年度に改訂が告示された。つまり、いずれも生成AI「チャットGPT」が登場する数年前の学習指導要領であり、そんな“十年一日”のカリキュラムでは、AI社会で活躍できる人間を育てられるわけがない。
また、移民政策は、少子高齢化対策として日本が真剣に取り組まねばならないテーマである。このままいくと日本の人口は50年後に半減するとの予測もあるから、国を挙げて人口を増やすための政策を推進する一方で、今の国力を維持するためには、移民に対する門戸を広くするしかない。
これに対しては外国人が増えると犯罪が増えるという不安から反対意見が根強くある。だが、そういう問題を受容して教育などによる防止策を講じながら移民を受け入れ、看護・介護、農林漁業、サービス業の人手や知的人材を確保しなければ、この国の衰退に歯止めをかけることはできない。
にもかかわらず、7月の参院選では、これらの重要課題は争点にすらならないだろう。各党とも目の前の物価高対策と生活レベルの維持を掲げて、大衆迎合の「バラ撒き合戦」に終始するばかりだ。
しかも、現在の政策議論を聞いていると、政党の違いはほとんどない。年金制度改革では自民・公明両党が立憲民主党の基礎年金底上げ策を丸呑みしたし、消費税減税や現金給付、選択的夫婦別姓制度などについては、同じ政党内でも賛否が入り乱れている。
もともと、日本の政党は、米ソ冷戦時代のイデオロギー対立の中で誕生した。その対立軸の中で1955年の保守合同と社会党再統一によって自民党と日本社会党(+その他野党)の2対1の構図による「55年体制」が長く続いたが、それは1993年の総選挙で自民党も社会党も惨敗し、非自民党連立政権の細川護熙内閣が成立したことで崩壊した。
冷戦が終結し、イデオロギーによる対立軸が雲散霧消する中で、日本の政界に「ガラガラポン」が起きて、あろうことか自民党と社会党が連立政権を組み、社会党内でも左派だった村山富市委員長が首相になった。
それ以降、本来であれば国家の重要課題に対する政策論で立場を違えて討論すべき政党が、従来の「自民党vsその他野党」という古い枠組みのまま今も存続しているわけで、教育改革や移民政策などの議論を先送りし、惰性で政治を続けているにすぎない。
与党も野党も政策に明確な違いがないから、政党を渡り歩く議員も少なくない。
公明党や共産党のように、特定の宗教や主義の下で独自の支持基盤を持つ政党もあるが、今ではいずれも党勢の衰退に歯止めがかからず、危機的状況にある。「政党」という枠組みそのものが融解しつつあるのだ。
となれば、もし仮に今回の参院選で与党が過半数を取れなかったとしても、1993年に細川連立政権が誕生した時と同様に、一度ここで既成政党の枠を取り払い、日本の政治を「ガラガラポン」すればよい。
前述した教育改革や移民政策という日本の重要課題は「令和のコメ騒動」の前に埋没している。それだけに「我こそは」と思う政治家が一点突破の政策を掲げて新党を立ち上げ、「この指止まれ」と呼びかけて連立政権を組むチャンスでもある。そこまでいかないと、日本は低迷から脱することはできないだろうし、政党も日本の将来を変えることはできないと思うのだ。
【プロフィール】
大前研一(おおまえ・けんいち)/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。ビジネス・ブレークスルー(BBT)を創業し、現在、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊『日本の論点2025-26』(プレジデント社)、『新版 第4の波』(小学館新書)など著書多数。
※週刊ポスト2025年6月27日・7月4日号
『新版 第4の波』(小学館親書)